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少年時代と戦争
 
3、少年時代と戦争3(中学生の生活)


  富士の裾野の軍事演習


昭和16年(1941年)12月8日大東亜戦争開始時小学校6年生(数え11歳)、昭和20年8月15日敗戦は中学校4年生(数え16歳)、大東亜戦争は3年9ヶ月に及ぶ大戦争でした。


芝中学に入ったときには既に大東亜戦争が始まっていました。1年生は昭和17年。
これが普通だったかどうか、戦争のない中学生時代を知らないからわかりませんが、授業は普通通り行われていました。

唯「教練」と言う時間割りが、「体育」の他にあり、ラッコと言うあだ名の先生が「軍人教育入門」のようなことを教えました。
中学2年のときにはそれがエスカレートし、木製の銃を扱わせられました。本物の鉄砲を扱ったのは3年生になってからですが空砲は打った経験はありません。

昭和18年2年生のときは、代々木の練兵場(今のNHKがあるところ)や富士の裾野につれていかれ、木銃をもって軍事訓練をさせられました。整列,行進、駆け足など集団行動を教えられたのです。勿論ラッコの命令のいうように動くのです。

集団行動が当たり前の世界です。彼は退役下士官で、そんなに怖くなかったけれど、彼以外に配属将校なる名の軍人が時折現れ、我々をピリピリさせました。彼は確か現役中尉で、直接指導はしないが、芝中が軍の方針に忠実な生徒指導をやっているか、見張っているようでした。

大東亜戦争が始まったのは小学校6年のことでした。戦争の開始当初は日本軍のハワイ先制爆撃で騙し打ちの様に言われましたが、それも束の間、米軍が立ち直る1年後は戦争は大変換しました。

日本がアメリカを攻めたのは当初のハワイだけでその後はアメリカ領での戦争は無かったから、日米戦争より大事なのは、同時に発生した日英、日蘭戦争でした。(オランダへの戦争通告は見当たらないようです)ここでは両国の植民地への日本の侵入が行われました。両国と日本とは利害の対立が当初からあったのです。当時の日本にとって、敵地は石油資源に関わる南アジアでのマレー半島、ジャワでした。

ビックスの本を読んで思ったことですが、戦争当時のニュースは戦争の個々の場面は知らせられたものの、全般的なことはわかりませんでした。敵が当初の敗戦から立ち直って、本格的な戦いになったということさえ知りませんでした、
1年間は勝ち戦ときかされていたたから、暗い気持ちにもなりませんでしたが、米軍反撃開始ご既に日本の負け戦があり、軍中心部では今後の展望に迷っていたようです。陸軍は石油さえ確保できれば良いと考えていたようですが、海軍は米国との国力の相違に気づき早く戦争を終わらせたかったようで、両者には根本的相違がありました。


開戦の翌年1941年に、東京が空母からとびたったB25に爆撃される事件が起きました。

これは当時中1だった私もおぼえていますが,たいしたことはないという大本営の発表と、引き続き爆撃がなかった事で、戦争の怖さを忘れてしまいました。実はこんなことを2度と起こさないため、米軍を追い払う必要があり、そのためやったのがミッドウエイの海戦だったそうですが。

1942年に海軍は二度の大事な敗北をしたそうです。一つが珊瑚海海戦、一つがミドウエイ沖海戦で損害の詳細は軍紀として秘密にし、天皇には知らせたが、陸軍にさえ知らせなかったそうです。

決定的な敗北はガナルカナル島での敗北撤退です。この戦いには陸軍も参加し、陸海共同の大戦争になったそうですが、海軍の損害は敵味方同等でしたが、陸軍の死者は圧倒的に日本が多く、最後は島から退却することになったのです。これは1943年2月のこと、この戦いを節目に、両者の戦力は逆転、米軍有利となったそうです。

この後日本の政府は事態の深刻さに気づいて、二つの重大決定がありました
(閣議決定)現在安部内閣が閣議決定で憲法解釈を変えるのが話題になっていますが、我々が工場に借り出された法律的根拠は1943年(昭和18年6月)の「学徒戦時動員体制確立要綱」という閣議決定だったそうで、閣議決定というのが、随分大事なことがやれるものと、恐ろしくなります。


似た重要な閣議決定が学童疎開についてもされています。1944年6月30日の閣議決定で、「本土空襲の本格化を予想して重要都市の国民学校初等科児童を地方に疎開させる方針」を決定ました。私の妹と弟がこれに該当し、二人は山梨県湯村に疎開しました。関連した話ですが、国は優秀な児童を選んで疎開させる方針も立て、国費で4人のを選抜、疎開させたそうです。4人は東京教育大学から選ばれ,そのうち3人が偶々後日東京大学教養学部で私と同じクラスになりました。

先日クラス会でその話を聞きましたが、彼らは皆東大教授でした。「栴檀は双葉よりかんばし」と言うか。

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